言語生成人工知能(AI)を用いた英会話教育効果の脳科学的検証
2026.07.06
研究期間・年度
2025年度
2025年4月 – 2026年3月
研究代表者
劉 淳琳
応用認知神経科学センター 助教
共同研究者
ジョン ヒョンジョン
国際文化研究科 教授
中島 平
教育学研究科 准教授

1. 研究概要
ChatGPTをはじめとする生成AIの普及に伴い、AIを英会話練習の相手として活用する人が増えている。言語学習において「訂正(フィードバック)」は不可欠な要素であり、学習者が誤りに気づき修正することを助ける。しかし、その伝え方によって学習者が受ける心理的な感じ方は異なる。直接的に伝える方法(「goedではなくwentと言うべきです」)もあれば、より婉曲な方法(正しい言い方をさりげなく言い直す)もある。従来、直接的な訂正は緊張を招き、婉曲な訂正の方が穏やかであると考えられてきた。しかし、学習者が「緊張していない」と答えても、脳内で本当に負担が小さいかどうかは、質問紙だけでは判断が難しい。
本研究では、33名の日本人英語学習者が機能的磁気共鳴画像法(脳活動をリアルタイムに観察できる装置)の中で、AI教師と日常的な話題について英語で自由に会話し、その対話中に3種類のフィードバック(訂正なし・暗示的訂正・明示的訂正)を受けた。「人と生成AIとのリアルタイムな自由対話」と脳画像計測を組み合わせることに初めて成功するとともに、各学習者の性格特性、とりわけ「他者から否定的に評価されることへの恐れ」と「普段のコミュニケーションにおける不安の程度」を併せて測定した。
その結果、質問紙の上では3種類のフィードバックによる不安感にほとんど差は見られなかった。しかし脳の反応はより深い様相を明らかにし、それは個人によって異なっていた。「否定的評価への恐れ」が強い学習者では、明示的訂正によって「社会的脅威」に関わる脳領域(島皮質や上側頭回など)が強く活動し、情緒的に余分な負担を負っていた。一方、「コミュニケーション不安」が強い学習者では、暗示的訂正はその曖昧さゆえに脳を「高度に警戒し、懸命に聞き取ろうとする」状態へと追い込み、認知的に余分な負担を生じさせていた。
すなわち、一見穏やかに見える暗示的訂正も常に負担が小さいわけではなく、「情緒的なコスト」を「認知的なコスト」へと置き換えているにすぎない。我々はこの知見をAIによる訂正の「二重の神経的コスト」と呼ぶ。これは、AIを活用した言語学習において「すべての学習者にとって最適な」単一の訂正方法は存在しないことを示している。
2. 研究成果の意義と今後の展望
AIによる発話練習やAIチューターといったツールが急速に教育現場や日常生活へ普及するなか、「どのように訂正するか」はもはや単なる教授技術の問題ではなく、学習者の情緒的体験や学習効果に直接関わる課題となっている。本研究は、同一の訂正方法であっても学習者の性格特性によって異なる種類の負担を生じさせ、「画一的な」最適解は存在しないことを、脳科学的根拠をもって初めて示した。
この知見は今後のAI教育ツールの設計に直接的な示唆を与える。理想的なAIチューターは固定的な訂正方略のみを用いるのではなく、学習者の情緒や性格特性を認識し、フィードバックの方法を動的に調整できることが望ましい。例えば、否定的評価を恐れる学習者には明示的訂正による情緒的圧力を軽減し、コミュニケーション不安が強い学習者には曖昧さによる認知的負担を避けるなどである。これにより、AIを用いた言語学習を「情緒的に安全」かつ「認知的に明快」なものにできる。
今後、研究チームはより大きな標本でこれらの知見を検証するとともに、「情緒に配慮したフィードバック設計」を実際のAI教育システムへ実装する方法を探究していく。
3. 結語
生成AIで英会話を練習する人が増えているが、AIの「訂正の仕方」が学習者の脳に与える影響はこれまでほとんど検討されてこなかった。本研究では33名の日本人英語学習者が脳画像計測装置内でAI教師とリアルタイムに英語で対話し、明示的訂正と暗示的訂正への神経反応を比較した。その結果、質問紙上の不安感に明確な差はなかったが、脳反応は個人によって異なり、否定的評価を恐れる学習者では明示的訂正が情緒的負担を、コミュニケーション不安が強い学習者では暗示的訂正が認知的負担を生じさせた。この「二重の神経的コスト」は、すべての学習者に最適な単一の訂正方法は存在せず、AIチューターが学習者の情緒特性に応じて調整すべきことを示している。