対人的感情調整における報酬系の価値処理と情報統合メカニズムの解明
2026.07.07
研究期間・年度
2025年度
2025年4月 – 2026年3月
研究代表者
杉浦元亮
東北大学加齢医学研究所 人間脳科学研究分野 教授
共同研究者
Shao Chong
東北大学医学系研究科(人間脳科学分野)博士後期課程2年、実験設計・データ収集・fMRI解析(研究実施担当)
Liu Chunlin
東北大学応用認知神経科学センター 助教、研究指導・実験実施・データ収集・解析支援
Guan Lingfei
東北大学医学系研究科(人間脳科学分野)博士後期課程3年、実験実施・データ収集/解析補助
Chang Xiaoqian
東北大学医学系研究科(人間脳科学分野)博士後期課程2年、実験実施・データ収集/刺激作成
Peng Xinyu
東北大学医学系研究科(人間脳科学分野)博士前期課程2年、実験補助・データ収集
Yan Shuxuan
東北大学医学系研究科(人間脳科学分野)博士前期課程1年、実験補助・データ収集
研究キーワード
対人的感情調整;報酬系;fMRI;社会的動機づけ

1. 研究概要
私たちは日常的に、落ち込んだ友人を励ましたり、不安を抱える相手を慰めたりして、他者の感情を支えようとする。こうして他者の感情に働きかけ和らげる行為は「対人的感情調整(interpersonal emotion regulation)」と呼ばれる。なぜ人は、見返りがなくても他者の感情を支えようとするのか。本研究は、その背後にある脳の「報酬系」(喜びや満足感に関わる神経の仕組み)の働きに注目した。
従来、他者を助ける動機は主に「共感」によって説明されてきた。しかし近年、他者を支える行為そのものが支援者自身に満足感(報酬)をもたらし、それが動機づけや心の健康につながる可能性が指摘されている。一方で、相手を支える一連の過程――相手の状態を読み取る「予期段階」、実際に言葉をかける「実行段階」、相手の反応を受け取る「フィードバック段階」――のそれぞれで報酬系がどう働くのか、また支援が「うまくいったとき」と「うまくいかなかったとき」で脳の反応がどう異なるのかは、十分に解明されていなかった。
本研究では、健常な大学生を対象に、メッセージアプリのやり取りを模した課題を機能的MRIの中で行ってもらい、感情調整の三段階における脳の活動を計測した。あわせて、性格特性・共感性・報酬感受性などを質問紙で測定し、脳の反応との関係を検討した。
進行中の解析からは、相手の状態を読み取る予期段階では他者の心を推し量ること(メンタライジング)に関わる脳領域が働くこと、また支援が期待どおりに「うまくいかなかった」フィードバック場面では報酬の予測に関わる脳の部位(中脳・線条体)の活動が高まることが示唆されている。さらに、こうした脳の反応の大きさには性格特性による個人差があることも見えてきた。これらは、他者を支える動機の神経基盤を理解する手がかりとなる。
2. 研究成果の意義と今後の展望
本研究の成果は、対人関係の改善やメンタルヘルス支援に応用できる可能性をもつ。たとえば、支援が「うまくいかなかった」ときに生じる脳の反応や、支援への動機づけに見られる個人差を理解することは、他者を支える行為が支援者自身にもたらす負担や満足を捉え、一人ひとりに合った感情的サポートのあり方を考える手がかりとなる。
学術的には、他者を支える行為が支援者自身の脳の報酬系を動かしているという視点は、思いやりや援助行動を「共感」だけでなく「報酬・動機づけ」の側面からも理解する道を開くものである。
本研究はまた、心理学・神経科学・情報科学を横断し、テキストによる状況説明・支援者自身の発話・相手からのフィードバックといった多様な言語情報が脳内でどのように「価値」として処理・統合されるのかを扱う点で、総合知が目指す分野融合的な知の統合とも合致する。
今後は、現在進行中のデータ収集を完了させたうえで解析を進め、得られた知見を学会発表や学術論文として公表していく予定である。さらに本研究を発展させ、社会的言語情報の脳内価値処理という観点から、対人関係支援への応用展開を目指す。
3. 結語
落ち込んだ相手を励ますなど、他者の感情を支える行為は「対人的感情調整」と呼ばれる。本研究は、なぜ人が他者の感情を支えようとするのかを、脳の「報酬系」の働きから解明することを目指した。メッセージアプリのやり取りを模した課題をfMRI内で行い、相手の状態を読み取る・働きかける・反応を受け取るという三段階の脳活動を計測した。進行中の解析からは、支援が「うまくいかなかった」場面で報酬の予測に関わる脳の部位が働くこと、また脳の反応に性格特性による個人差があることが示唆されている。本成果は、対人関係の改善やメンタルヘルス支援への応用が期待される。