人流データ活用による津波避難行動モデリングの精緻化:地理学、心理学、データ科学的アプローチの融合

2026.07.23

研究期間・年度
2025年度
2025年4月 – 2026年3月

研究代表者
永田 彰平
災害科学国際研究所 助教

共同研究者
齋藤 玲
情報科学研究科 認知科学的解析 助教
足立 浩基
環境科学研究科・災害科学国際研究所 客員研究員

研究キーワード
津波避難 ; 人流データ; 避難行動モデリング ; リスク認知 ; GIS

避難行動モデリングのワークフロー

1. 研究概要

災害時に人々がどのように避難するのかを理解することは、実効性のある避難計画や避難シミュレーションを構築するうえで重要である。従来、津波避難計画や避難シミュレーションにおいては、避難者が最寄りの避難所へ最短経路で移動するなど、比較的単純な仮定が置かれることが多かった。しかし、実際の災害時には、家族や知人の安否確認、途中での立ち寄り、避難所以外の安全な場所への移動など、多様な行動が生じる可能性がある。

本研究では、2024年能登半島地震を対象として、スマートフォンアプリから得られた人流データを用い、個人単位の津波避難行動を定量的に分析した。具体的には、地震発生後の避難開始時間、安全な場所までの移動距離・移動速度、到達した避難先の種類、途中の立ち寄り回数、避難後の再移動などを整理した。また、アンケート調査によって避難者の属性やリスク認知、心理的特性に関する情報を整理し、GIS処理によりハザードリスク、標高、避難所への近接性などの地理的条件を整理した。これにより、多様な避難パターンを説明するための分析基盤が構築された。

2025年度に実施した予備的な分析の結果、津波リスク区域内にいた人々の多くは地震発生後比較的早い段階で移動を開始していた一方で、避難先や移動経路は一様ではなかった。例えば、最寄りの避難所ではなく別の避難所や避難所以外の安全な場所へ移動するケースが多くみられ、複数地点に立ち寄ってから安全な場所へ到達するケース、安全な場所に到達した後にさらに別の場所へ移動するケースも多数確認された。これらの結果は、実際の避難行動が従来の単純なモデルでは十分に捉えきれないことを示している。

アンケート調査からは、強い揺れを通じて津波リスクを認識した人や、津波警報・注意報を確認した人が多くみられた一方、事前に十分な防災対策を実施していた人は限られていた。また、多くの人が単独ではなく家族や周囲の人とともに行動しており、避難行動を理解するうえでは、個人のリスク認知だけでなく、社会的関係や事前準備の状況も重要であることが示唆された。

これらの予備的な分析により、複雑な避難行動を個人の認知や地域環境との関係から捉える総合的な分析フレームワークを構築した。今後は特徴的な避難行動パターンを特定し、そのパターンがどのように個人のリスク認知や心理的要因、周辺の地理的要因と関連するのかをモデリングしていく予定である。

2. 研究成果の意義と今後の展望

本研究の成果は、津波避難計画や避難シミュレーションを、実際の人々の行動により近い形へ改善するための基礎情報となる。最寄りの避難所への避難や最短経路での移動を前提した従来の避難計画や避難シミュレーションと異なり、本研究では、実際の災害時に最寄りの避難所に直接移動する人は少数であり、避難途中での立ち寄り、避難所以外の安全な場所への移動、避難後の再移動など、多様な避難行動が生じることが確認された。ここで得られた知見は、避難所配置、避難誘導、情報提供、地域防災計画の検討において、より現実的な判断材料を提供する上で有益である。

また、本研究は、人流解析による避難行動パターンの特定だけでなく、その背景を探索するために、避難者のリスク認知や心理的特性に関するアンケート調査や、ハザードリスクや避難所への近接性などの地理的解析を組み合わせている点に特徴がある。これにより、「人々がどこへどのように移動したか」だけでなく、「なぜそのような避難行動をとったのか」や「どのような地域条件が安全な避難行動を制約したのか」といった角度から避難行動を一般化するための基盤を整えた。今後、これらの知見を発展させることで、将来起こりうる災害時にその地域でどのような避難パターンが生じる可能性があるのかを予測し、防災施策の設計に貢献することが期待される。

さらに、本助成による研究成果は、複数の国際会議で発信しており、また、本課題に関連して、研究代表者の海外研究機関での長期滞在および国際共同研究にも発展している。今後は、能登半島地震を対象とした津波避難行動分析をさらに深化させるとともに、海外の災害事例との比較を通じて、多様な災害の種類や地域条件を踏まえた避難行動モデルの構築を目指す。

3. 結語

本研究では、2024年能登半島地震を対象に、スマートフォンアプリから得られた人流データを用いて、個人単位の津波避難行動を分析した。避難開始時間、移動距離・速度、避難先、途中の立ち寄り、避難後の再移動などに基づく避難パターンを定量化した結果、実際の避難行動は最寄り避難所への単純な移動ではなく、多様なパターンを持つことが確認された。さらに、アンケート調査や地理的解析(GIS解析)を組み合わせ、避難行動と個人の認知・心理的要因、地域環境との関係を捉える分析基盤を構築した。2025年度の各成果は国際会議で発信しており、海外研究機関との共同研究にも発展している。