クオリアアウェアネスとその機能:概念的枠組みと研究の方向性
2026.09.25
研究期間・年度
2025年度
2025年4月 – 2026年3月
研究代表者
齋藤 玲
情報科学研究科 助教
共同研究者
塩入 諭
総合知インフォマティクス研究センター 特任教授
研究キーワード
クオリアアウェアネス ; 意識 ; 機能 ; モデル ; 応用心理物理学



1. 研究概要
本プロジェクトの着想は、研究代表者が数年来取り組んできた「防災共創授業」に由来する。本授業は、小学生から市民まで多様な対象者の防災・減災リテラシーの向上を目的とするものである。ここでいうリテラシーとは、災害に関する知識やスキルの獲得にとどまらず、災害時の判断や行動に影響を及ぼす認知バイアスを理解し、自らの態度や行動を意識的に調整できる状態を指す。
授業では、錯視や曖昧図形などのクイズを通して、「世界は自分に見えているとおりに存在している」という素朴実在論的な認識を揺さぶり、同一の対象でも人によって見え方や解釈が異なることを体験的に伝える。そのうえで、集団同調性バイアスなどが避難判断に影響した事例を紹介し、対象者同士が互いの見え方や判断の理由を語り合う対話的実践を行ってきた。
こうした授業を重ねるなかで、研究代表者は、他者との見え方の違いに驚き、語り合う子どもたちの姿から、より根源的な問題に着目するようになった。それは、自らの見え方や考え方が世界そのものではなく主観的経験の一つであることを認識し、他者には異なる主観的経験が存在しうることを理解できる力の重要性である。哲学や意識研究では、個人が直接経験する主観的経験の質は「クオリア」と呼ばれてきた。本研究は、クオリアそのものの解明ではなく、自他がそれぞれ固有の主観的経験を有し、その内容が個人間で異なりうることを自覚し、自らの見え方を相対化・再検討できる傾向または能力に着目し、これを「クオリアアウェアネス(qualia awareness)」と定義する。
本研究の中心的な問いは二つある。第一に、人は自分と他者の主観的経験の存在と差異をどの程度認識できるのか。第二に、その認識は対話、学習、自己調整、行動の修正にどのような影響を及ぼすのか、である。この問いに答えるため、①クオリアアウェアネス尺度の開発と、メタ認知、視点取得、知的謙虚さ等の関連概念との関係の検討、②錯視や曖昧図形の知覚とその言語的説明における個人差の検討、③異なる見え方をめぐる対話過程の分析、④クオリアアウェアネスを育成する教育的介入の設計と効果検証、を進める。
これらの知見は防災共創授業へ還元するとともに、他者理解、対立の調整、情報リテラシー、異文化理解など、幅広い社会的課題に資する教育実践のデザインへと展開する。
2. 研究成果の意義と今後の展望
自らの見え方や考え方を絶対視しないことは、他者との対話を促進し、認知的柔軟性や知的謙虚さを高め、災害時を含む不確実な状況における判断の修正につながる可能性がある。本プロジェクトでは、クオリアアウェアネスを育成する教育的介入を設計・検証し、その知見を防災共創授業へ還元する。特に、主観的経験の差異への気づきが、認知バイアスの理解、他者との対話、避難判断および行動調整にどのようにつながるのかを実証的に明らかにする。さらに、これらの知見を基盤として、防災・減災にとどまらず、他者理解、対立の調整、情報リテラシー、異文化理解など、幅広い社会的・個人的課題の解決に資する教育実践のデザインへと展開する。
3. 結語
研究代表者は、認知科学・心理学の知見を応用した「防災共創授業」を実践してきた。錯視や曖昧図形を用いて、同一の対象でも人によって見え方や解釈が異なることを体験的に伝える授業である。本プロジェクトは、この実践から着想を得て、自己と他者がそれぞれ固有の主観的経験を有し、その内容が個人間で異なりうることを自覚し、自らの見え方や考え方を相対化できる傾向または能力を「クオリアアウェアネス(qualia awareness)」と定義する。そのうえで、尺度開発、知覚の個人差の検討、対話過程の分析、教育的介入の設計と効果検証を通して、その心理的・社会的機能を実証的に明らかにし、知見を防災教育をはじめとする教育実践へ還元する。